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広島高等裁判所 昭和44年(行ス)2号 決定

抗告人

広島市長

山田節男

代理人

中川鼎

相手方

小島丈児

外二名

広島地方裁判所が同庁昭和四四年(行ク)第一〇号行政処分執行停止申立事件につき

同年九月二日なした執行停止の決定に対し、右抗告人から即時抗告の申立があつたので、

当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、抗告人は「原決定を取り消す。相手方らの執行停止の申立を却下する。申立費用は相手方らの負担とする。」との裁判を求めた。その理由とするところは「抗告人の主張および疎明方法は原審に提示したとおりである。原審が、最近の学生運動の暴力化の趨勢をよく知りながら、これに目を掩い、本件執行停止の決定をなしたことは、不当も甚しいので、本抗告に及んだものである。」というのである。

二、そこで、本件執行停止の申立の当否について考えるに、当裁判所は、次の点を補足するほか、原決定が説示するところと同一の理由により、右申立を相当と認めるものである。

(一)疎明資料によると、相手方小島丈児が「大学を考える研究者の会」の代表者として広島市公会堂の使用許可を申請した目的は、同会の主催の下にその構成員のほか多数学生、市民らの参加を得て、広島大学の紛争問題につき報告と討論を行なうためであり、右集会の参加人員として約一、〇〇〇名を予定していること、同会は右集会につきすでにステッカー、ポスターによる宣伝など諸般の準備を行なつていることが認められる。それらの事実を原決定判示の事実に合わせ考えると、本件使用許可取消処分により、右集会を予定の日時に広島市公会堂で開くことができなくなるだけでなく、右集会を予定の日時に他の適当な場所で開くとか、一旦延期したうえ近日中に開催することも、会場設備等の関係から蓄しく困難であることが窺われ、また、大幅の延期をしたのでは右集会の性質上その目的を達しえないことは明らかであつて、結局本件使用許可取消処分は右集会の開催自体を不可能ないし著しく困難ならしめるものといわなければならない。したがつて、本件執行停止の申立は、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要に基づくものというべきである。

(二)抗告人は、広島市公会堂で前記集会が行なわた場合に、反対勢力等からの妨害により混乱を生じ破壊行為がなされるおそれがあると主張する。しかし、昨今の大学紛争における暴力事件頻発の情況から直ちに、これと条件を異にする前記集会の場においても同種事件の発生の危険性があるとすることは根拠に乏しく、本件にあらわれた全疎明資料をもつてしても、相手方らの集会自由の侵害をやむなしとするに足りるだけの危険性があるとは認められない。

三、よつて、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。(松本冬樹 浜田治 村岡二郎)

〈参考・原審決定〉―――――――――

(広島地方昭和四四年(行ク)第一〇号、行政処分執行停止事件、同四四年九月二日第三民事部決定)

主文

一、「大学を考える研究者の会」(代表者小島)の申請にかかる昭和四四年九月三日実施の広島市公会堂使用の集会について、被申立人の同年八月二二日付使用許可処分に対して、被申立人が同年八月二八日付をもつてした取消処分の効力を停止する。

二、申立費用は、被申立人の負担とする。

理由

(申立ての趣旨および理由)

申立人らの申立ての趣旨および理由の要旨は別紙(一)、(二)記載のとおりである。

(相手方の意見)

相手方の意見の要旨は、別紙(三)意見書記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一、疎明によれば、申立人小島は広島大学教授で、同脇阪、同森脇は同大学助教授であるが、昭和四三年一二月より申立人小島を世話人代表とし、他の申立人を世話人として、同大学の教官、大学院生計二〇数名をもつて「大学を考える研究者の会」を結成したこと、申立人らは昭和四四年八月二二日申請団体を「大学を考える研究者の会」(代表者小島丈児)として、広島市公会堂条例(昭和三〇年三月九日条例第四号)第五条に基づき、被申立人に対し、同年九月三日午後五時から同九時まで、「広島大学問題、大学問題について報告および討論集会」を目的とする集会に同公会堂を使用したい旨申請をしたこと、右申請に対し、同公会堂館長国近重身が被申立人名義をもつて同公会堂の使用を許可し、即時、使用許可書を交付したこと、申立人らは同日同公会堂使用料金二四、〇〇〇円を納入したこと、その後、同月二八日にいたり、被申立人は広島市公会堂条例第九条第一項第三号を理由に右使用許可処分を取消す旨の処分をなしたこと、右処分に対し、申立人らは、広島地方裁判所に右取消処分の取消しを求める行政訴訟(同裁判所昭和四四年(行ウ)第二四号)を提起するとともに、右処分の執行の停止を求める本件申立をなした事実が明らかである。

二、そこでまず行政事件訴訟法第二五条にいう回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうか検討する。

申立人らが同公会堂を使用して、前示討論集会開催の趣旨および集会・表現の自由の本質にかんがみ、右使用許可の取消処分により、同公会堂が使用できなくなることは、他に代替場を求める時間的余裕もなく、結局右集会を昭和四四年九月三日の所定時刻に開くことができなくなり「、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」と認めるのを相当とする。

三、次に、本案について理由がないとみえるかどうかを検討する。

申立人の主張は、(一)前記使用許可取消処分に行政行為の撤回であり、本件の如く人民に利益を付与する行政行為の撤回には重大な制限があり、本件許可処分後何ら事情の変化もなく、また申立人らの責に帰すべき事由がないにもかかわらず使用許可取消処分がなされたものであり違法である。(二)本件の集会は広島市公会堂条例第六条のいかなる条項にも該当しない。したがつて右条項に該るとしてなした被申立人の使用許可取消処分は違法であるというにあり、被申立人の取消事由は別紙(三)意見書記載のとおりである。

本件疎明資料を総合しても、被申立人のなした使用許可取消事由につき十分な疎明がなされているとはいえず、その主張のように取消処分が自由裁量の範囲に属するとも首肯し難く、結局現段階において本件は「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないと認めるのを相当とする。

四、さらに、本件執行停止により、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるかどうかを検討する。

被申立人は、本件集会が開催されるならば、申立人らには実力に訴えるような行為がないとしても、大学紛争の現況にかんがみ、反対勢力等からの妨害が予測され、公会堂において混乱を生じ破壊行為があるときは、復旧に多額の費用と日時を要することになると主張するが、本件疎明資料によるもいまだ反対勢力等による妨害行為およびそれに伴う公会堂の器物損壊のおそれがあると認定するのは相当でなく、従つて本件執行停止は共公の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは言えない。

五、申立人森脇、同脇阪は、本件使用許可取消処分の当事者でなく、本案の原告適格を有するか否かに疑問はあるが、特に本件では言及しない。

六、以上の理由により、申立人小島の本件申立は理由があるからこれを認容することとし、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。(熊佐義里 塩崎勤 井上郁夫)

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